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2017年5月

2017年5月31日 (水)

「荒地」の現在

詩誌「PO」2017年夏号に寄稿した「「荒地」の現在 『北川透詩論集成1』を読む」をHPに掲載しました。こちらです。
http://yamadakenji.la.coocan.jp/arechi.htm

講義のち演習のち編集

少々体調が不調なので、タクシーでぎりぎりの出勤。どうやら季節の変わり目と新年度以来の蓄積疲労のせいのようです。ともあれ無事に授業を終えて帰宅。
夜は「びーぐる」座談会の文字起こしデータの編集にかかりきり。ひとまず14ページあったのを11ページほどにしました。これをさらに6ページに圧縮するつもりですが、ひとまずこの段階で編集同人たちに送稿しました。三人で(ひとりは当日欠席)調整した上でゲストの3人の方たちに送ります。
業務のみの1日で特に書くことがありません。大阪地方は30度を超える真夏日でしたが、湿度が低いおかげであまり暑さを感じませんでした。というか、元々暑いのはそれほど苦手ではありません。むしろ苦手なのは寒さ。どうやら祖先は南方系のようです。ちがうかな。木々の緑も日を追って濃くなっています。田んぼもそろそろ田植えの準備。そろそろ水が入る頃ですね。好きな風景です。マンションの工事も終盤を迎えました。
深夜ワインはイタリアの赤。音楽はスカルラッティ。イタリアンな羽曳野丘陵です。

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2017年5月30日 (火)

推敲のち読書のち編集

前日書いた詩を推敲して、もう大丈夫と判断したので早々に送稿しました。これでよし。あとは夕方までのんびり読書したり(一冊読了)音楽聴いたり。夕方、近所を散歩したら、ずいぶん緑が濃くなっていることに気づきました。マンション敷地内のアジサイも咲き始めています。もうそんな季節なのですね。工事中の足場もかなり少なくなってきました。あと少しです。
夜は、4月の「びーぐる詩祭」の座談会の文字起こし原稿が届いたので、早速編集作業に入りました。それほど長時間ではなかったのに、文字にするとかなりの分量があります。ひとまずざっくり編集してから圧縮していくのですが、これはもう始めから圧縮作業もしていくしかない、と判断して、半分弱を終えました。まだかなりあります。一通り編集してからメールで5人に回します。まだ時間はあるので大丈夫。
昼間も書きましたが、「詩と思想」5月号に書いた論考をHPに掲載しました。「近代詩最後のトライアングル」と題して萩原朔太郎、伊東静雄、小野十三郎を取り上げています。ちょっと長い文章ですが、ご一読いただけると嬉しい。こちらです。
http://yamadakenji.la.coocan.jp/triangle.htm
さて。今日(火曜)からまた4日間8コマの授業です。今年度はまだ休講なし。皆勤目指してがんばります。体調はまずまず。
深夜ワインはフランスの「天使の生活」音楽はスカルラッティをギター版で。なかなかいいものです。そんな深夜の羽曳野詩人。

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2017年5月29日 (月)

近代詩最後のトライアングル

「詩と思想」5月号に寄稿した「近代詩最後のトライアングル 萩原朔太郎/伊東静雄/小野十三郎」をHPに掲載しました。こちらです。
http://yamadakenji.la.coocan.jp/triangle.htm

書展のち興福寺のち詩作

奈良県立美術館で開催中の展覧会が以前から気になっていたので、五月晴れの午後、昼ごはんをたべてから出発しました。最寄りの古市駅から奈良までは4つほどルートがあるのですが、今回は南回りで近鉄を3本乗り継いで近鉄奈良駅に到着。1時間とちょっとです。駅から美術館までは徒歩10分ほど。修学旅行の生徒たちや外国人観光客などでかなりの賑わいでしたが、美術館はすいていて楽に見られました。「榊莫山と紫舟のシンフォニー」という展覧会です。
榊莫山についてはある程度知っていましたが、これだけの数の書や画をまとめて見るのは初めて。やはり大したものですね。躍動感と静止感の共存というか。草野心平の詩を書いた書なんかもうイメージにぴったり。紫舟さんの作品を生で見るのはまったく初めて。数はあまり多くないものの、立派に榊莫山と張り合っています。まさに「交響」しています。特に、「書のキュビスム」あるいは「書の彫刻」と呼ばれる立体作品には目を見張りました。これは新しい。なるほど。いずれまとまった感想など書きたいと思いますが、とりあえず報告のみ。この展覧会は7月23日までやっているので(途中で作品入れ替えあり)また行こうかな。
美術館を出て、もう一つの気がかりは興福寺の特別拝観。4時半頃になっていたのでもう無理かなと思ったのですが、ぎりぎり間に合いました。新しく金堂を建築中ということで、仮講堂での展示です。普段は宝物殿に展示している仏像26体が勢揃い。四天王も阿修羅もみなで阿弥陀如来を囲んでいて壮観。本来仏像はこういうかたちで拝観するものですね。たっぷり鑑賞できました。帰りはJRと近鉄を乗り継いで、帰宅は7時半。
夜は詩を一つ書きました。いちおう書きました。まだ荒いので推敲します。締切は月末。どうやら間に合いそうです。一安心。
深夜ワインはキアンティ。音楽はスウェーデンのバロック。めずらしい。室内楽ですが、とてもおもしろい。そんな深夜の羽曳野詩人です。詩人です。。詩人です。。。と3回くりかえす。次は天使の生活を飲もうかな。

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2017年5月28日 (日)

業務書類のち詩1篇のちカタログまとめ

昼間、業務の書類を一つ作成。2016年度の業績一覧です。毎年のことですが、けっこう面倒です。1時間ほどかけて終了。これでよし。続いて、別の業務書類の校正チェック。こちらはすぐに終わりました。訂正なし、ということでメール連絡。
業務が一段落したところで、初夏日和のなか散歩に出ました。湿度が低いせいで快適です。二上山も葛城山もよく見えて。街角で前方後円墳を型どった花壇を発見しました。世界遺産登録のためのアピールの一環ですね。いろいろ考えるものです。
夜は、先日書いた詩を一つ推敲しました。いくぶん長過ぎるので一部を凝縮。どうやらいいと思ったので、添付ファイルで送稿。こちらも一つ終わりました。月末までにあと詩を一つ。あと短い解説文も一つ。それだけ終わったら「びーぐる」の原稿にかかります。様子を見ながら、ですが。
この一ヶ月ほどツイッターで書いてきた谷川俊太郎全詩集への寸評をまとめて「全詩集カタログ」としてHPに掲載しました。こちらです。全69冊。
http://yamadakenji.la.coocan.jp/TanikawaShuntaro.htm

深夜ワインはキアンティのオーガニック。音楽はスカルラッティのギター版。とてもイタリアンな羽曳野詩人です。唐突ですがドラゴンズ再開、じゃなくて最下位脱出です。ふ。。。

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2017年5月27日 (土)

谷川俊太郎全詩集カタログ

ツイッターで書いた谷川俊太郎全詩集への寸評をまとめて「全詩集カタログ」としてHPに掲載しました。こちらです。
http://yamadakenji.la.coocan.jp/TanikawaShuntaro.htm

講義のち演習のち詩集一冊で週末

日曜出勤が2週続いて、その間に16コマの授業をして、かなり疲れていますが、なんとか定刻通り出勤。きつねうどんを食べてから児童文学は「グスコーブドリの伝記」のまとめを中心に。講読演習は谷川俊太郎詩集『あなたに』と『21』。先日完了したばかりの全詩集カタログをプリントで配布しました。帰宅は6時前。
夜、友人のTYさんから電話があって、話しているうちに全詩集に一冊抜けていたことが判明。早速読んでツイートしました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎69『おやすみ神たち』(ナナロク社2014)川島小鳥が中国で撮影した写真集に付した26篇。微妙に揺れ動く心と体の細部に耳を澄まし目を見張った、言葉によるスナップショット集といった趣き。キーワードが「魂」でも「タマシイ」でもなく「タマシ匕」なのは「匕=火」の含意だろうか。
(引用ここまで)

本来ならこれは「67」に入るので、最後の2冊はそれぞれ「68」「69」になります。全部で69冊。まだあるかもしれません。
この週末は基本的にオフなので、少しゆっくりできそう。締切の近づいている原稿と業務書類と添削があるのですが、ま、なんとかなります。
深夜ワインはフランスはペイドックの「南の太陽」という赤。さすがに南仏のワインらしいネーミングです。値段のわりに美味。音楽はスカルラッティのチェンバロ曲。そんな羽曳野丘陵はウィークエンドです。

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2017年5月26日 (金)

授業のち飲み会のち詩集2冊

授業を二つ終えて、そのまま大阪梅田へ直行。紀伊國屋書店詩集コーナーで詩人のIさんHさんNさんと待ち合わせ。近くの店で飲み会を2時間半ほど。あれこれ話題があって盛り上がりました。9時前にお開き。天王寺近くの宿泊のNさんと地下鉄に乗って、もう一軒行こうと誘うNさんにさすがに疲れたからと断って、近鉄特急で古市駅まで直行。翌日の授業のこともあるので大事をとりました。
帰宅後はしばらく休憩。コーヒーなど飲んで酔いをさましてから詩集ツイートを二つ書きました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎67『詩に就いて』(思潮社2015)表題通り「詩に就いて」の考察をまとめた作品群。若い頃から詩に就いて詩で語ることは、詩人の通奏低音と呼ぶべきモチーフだった。次第にそのモチーフが強くなり深くなりかつ多様になったところで出た乾坤一擲の詩集が本書だ。心して深読みすべき一冊。

谷川俊太郎68『あたしとあなた』(ナナロク社2015)『詩に就いて』とほぼ同時に出た書き下ろし37篇。全篇女性一人称による語りはこの詩人ならではの意匠だ。柔らかく優しい口調に実は深く重い人生観がにじみ出ている。「詩に就いて」の考察もひそかにしずかに含まれていることに留意すべき。
(引用ここまで)

一ヶ月ほど前から続けてきた谷川俊太郎詩集ツイート、これで完了です。さきほど、まとめて印刷しました。これを今日(金曜)の授業で配ります。この先は、ツイートを出発点に全詩集レビューを書く予定。いずれ単行本にするつもりです。いつになるか分かりませんが、次のモノグラフへの伏線です。たのしみ。
と、いうことをしているうちに机上の詩集は20冊を越えました。次はこれをツイートしていきます。月末締切の原稿と平行して、ですが。
深夜ワインは天使の生活。音楽はビル・エヴァンスのブエノスアイレスコンサート。そんな夏近しの羽曳野丘陵です。ふ。。。。

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2017年5月25日 (木)

講義のち詩集4冊

水曜は講義ひとつだけ。無事に終了して帰宅は6時前でした。夜は詩集ツイートを4つ。以下はツイッタより。

谷川俊太郎63(晶文社2013)詩人が撮り下ろした写真52葉にみずからのエピグラム(寸鉄詩)を書き下ろした、『絵本』(的場書房)以来57年ぶりの写真詩集。構成した飯沢耕太郎によると、『絵本』復刻本(澪標2010)がきっかけになったとのこと。一瞬を捉えた写真は詩の一瞬に呼応する。

谷川俊太郎64『ミライノコドモ』(岩波書店2013)近作16篇に書き下ろし11篇を加えた一冊。依頼に応じた柔らかい作品と意識下の深みにまで推敲の錘を下ろした作品とが併存しているのが特徴。老いて益々童心を自在に描けるようになった詩人の新たなる創作宣言でもある。『こころ』と同時生成。

谷川俊太郎65『こころ』(朝日新聞出版2013)月1回5年間にわたって連載された60篇。連載中に東日本大震災という大事件に遭遇したことも含めて、詩人の魂の遍歴をも含む一冊になった。明晰な精神と深遠な魂がとらえた六十通りの心が明晰なイメージになって念写されたアルバムといえるだろう。

谷川俊太郎66『ごめんね』(ナナロク社2014)「夏のポエメール」限定版。若き日に書かれた未発表作品に「はじめに」を加えた31篇。瑞々しさが隅々まで行き渡っている清新さが驚きだ。詩人も時代も老いるが「詩はいつまでも年をとらない」(「はじめに」)「詩人はそれを口には出さない」とは?

これで残るは二冊。いずれも最近の(一昨年)刊行なので、分かりますよね。それで谷川俊太郎全詩集ツイート完了です。
今日(木曜)は授業の後、夜、飲み会があります。コンディションを整えてしっかり参加します。場所が阿倍野でなく梅田なのでちょっと遠いのですが(15分ほど)。まあ気楽な集まりなのでリラックス。
深夜ワインはフランスの「天使の生活」音楽はラモー。フレンチな深夜の羽曳野市民です。月末までの詩一つとエッセイ一つの締切があるのですが。あと業務書類も。ま、週末にがんばります。アジサイの季節になってきましたね。

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2017年5月24日 (水)

講義のち演習のち通院のち詩集3冊

日曜出勤の疲れが出たのでしょうか、朝、少々不調でしたが、なんとかタクシーで出勤。講義、演習と無事に終えてから藤井寺のかかりつけ医院へ。普段の検査診察以外に、今回は血液検査も。疲れた上に血まで抜かれて悄然と帰宅は7時過ぎ。
夜は詩集ツイートを3つしました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎60『詩の本』(集英社2009)集英社シリーズ第7冊は相変わらずの多彩さで楽しませてくれる。どんな依頼にも高品質の作品で応える名人芸。新しい特徴は、一部の作品に解説が施されていること(これは初)、詩論詩(対話詩を含む)の割合が増えていること、そして深い追悼詩が多いこと。

谷川俊太郎61『mamma まんま』(徳間書店2011)伴田良輔による乳房の写真に付した36篇の短詩。いかにもイロモノに見えなくもないが、どんなシチュエーションでも詩人はナチュラルでナイーヴだ。命の源、元気の素、哺乳類としての実存、といった諸々の特質が嘘偽りなく説得力をもって迫ってくる。

谷川俊太郎62『東京バラード、それから』(幻戯書房2011)詩集『うつむく青年』所収の「東京バラード」7篇を軸に、他の旧作73篇に新作10篇を加えたリミックス詩集だが、例外的に一冊と数える。古いモノクロ写真を加え、新旧の東京を立体的に構成したユニークな作品だ。無論新作は全て傑作。

2011年まで来ました。残りは6冊。いずれも最近のものなので、精読しているし書いたものもあります。もうすぐ完了しそうです。
深夜ワインは南アフリカの赤。音楽はパーセルの室内バロック。そろそろ次の業務と締切が迫っています。そんな夏は来ぬ、の羽曳野丘陵。

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2017年5月23日 (火)

詩集5冊あいまに原稿

夕方、近所を短い散歩しただけで、あとは詩集を読んでいました。この日は5冊。以下はツイッタより。

谷川俊太郎55『歌の本』(講談社2006)歌詞として書いてきた作品(子供のための歌をのぞく)を集成した66篇。音楽がついて歌われるのが前提だが、詩として読んでも楽しめて意義深い作品も多い。未作曲のものもいくつかあって、今後に期待したい。「世界の約束」など詩として自立し得る作品も。

谷川俊太郎56『私』(思潮社2007)思潮社シリーズ第7冊。長きにわたって詩における「私」性を否定してきた詩人が「私」を主題にした一冊は驚きをもって迎えられた。人を驚かすのも詩人の使命とばかりに、大胆に描写される「私」はまさに詩人の肖像だ。処女詩集を思わせる清新な「少年」連作も。

谷川俊太郎57『ひとりひとりすっくと立って』(澪標2008)全部で140以上ある校歌の歌詞から44篇を編んだ校歌詞集。幼稚園から小、中、高、大学、そして会社、老人施設まで、まさに全人生をカバーした歌詞集だ。選択の基準はあくまで「詩として」自立して読まれ得るもの。編集は山田兼士。

谷川俊太郎58「子どもたちの遺言」(佼成出版社2009)新生児から新成人までの子供たちを撮った田淵章三の写真に付した詩12篇。すべて子供自身の視点による語りによって構成されている。子供の詩の達人とはいえ、まだ言葉を一言も発しない新生児の気持を詩にするとは驚きだ。しかも遺言とは。

谷川俊太郎59『トロムソコラージュ』(新潮社2009年)長い作品は苦手、と言い続けた詩人が、喜寿を迎えて長編詩に挑戦した6篇。いずれも物語性の強い作品だが、凝縮度と暗示力によって詩的言語から離れることなく、未知の領域へと歩を進めて行く。書き下ろしの「臨死船」と「この織物」は傑作。

これで残りは9冊。どうやら68冊ということのようです(今のところ)。
詩集を読む合間に、一昨年に口頭発表した谷川俊太郎論の原稿チェックをしました。必要最小限だけの修正にとどめて送稿。5月末締め切りのものです。あとは短い解説文と詩、それに大学提出書類があります。ま、大丈夫。
深夜ワインはスペインの赤。音楽はフラメンコのギターを聞いています。ひさしぶりにスパニッシュな深夜です。

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2017年5月22日 (月)

オープンキャンパスのち詩集3冊

日曜出勤で朝から大学へ。オープンキャンパスで受験生の進学相談のためです。場所はいつもの研究棟と体育館アリーナの二箇所あるので、徒歩10分を往復しました。かなり暑い日でしたが、湿気が少ないのでわりと快適。こういう暑さはきらいじゃありません。無事に終了して帰宅は6時前。
夜は詩集を3冊読みました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎52『シャガールと木の葉』(集英社2005)集英社シリーズ第6冊。各種の依頼に自然体で応じながら、詩人の本音と本質を多様に明示し暗示し象徴する作品群だ。詩による沈黙の暗示を縦軸とし、具体的な身体詩を横軸とするマトリックスの中に、21世紀詩を切り開く活力がみなぎっている。

谷川俊太郎53『すき』(理論社2006)こどもの詩シリーズ第7冊は円熟の技法と素朴な魂の合体による48篇。自らの思想や本音などを直截的に表現する方法を詩人は子供の詩の中に確立した。言葉論や沈黙論もあって「現代詩」以上に「現代的」な新奇さも見られる。3歳児に憑依できる能力は驚きだ。

谷川俊太郎54『すこやかに おだやかに しなやかに』(佼成出版社2006)バーリ語による上座仏教の経典「ダンマパダ」の英訳を底本にしながら自由な創作を加えることで、いわばブッダとの連詩を試みた12篇。4行2行4行2行という12行の定型詩でもある。やはり翻訳というより創作と見たい。
(引用ここまで)

あらためて数えてみたら、残り13冊ありました。ということは、計67冊。当初の数え方と比べると4冊増えています。上記54のように、単行本詩集に入れるかどうか微妙なものがあるためですが、そこはそれなりの根拠のある私の個人的判断、ということで。
深夜ワインはフランスの「黒い悪魔」。悪魔とか天使とか、フランスワインも命名のヴァリエーションは芋焼酎に負けていません。音楽はビル・エヴァンス。安定の初夏の夜です。あと、詩をもう一つ書かないと。最後の写真は、4月下旬に芽を出した竹の子です。もうこんなに育ちました。すごい生命力ですね。竹、竹、竹が生え。

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2017年5月21日 (日)

谷川詩集4冊

オフの1日。夕方、買い物散歩に出ただけで、あとはゆったり詩集を読んで過ごしました。近所を散歩しただけですが、様々な花が咲き乱れています。以下はツイッタより。

谷川俊太郎48『みんなやわらかい』(大日本図書1999)こども目線の詩はいよいよ本領発揮。おそらく5歳から11歳ぐらいの男の子や女の子の語りによって、人生や家族や社会の矛盾や桎梏や不正や真実を素朴に、だが本質的に問いかけていく。可愛いだけでなく残酷、冷淡、悪意もまた子供の本質だ。

谷川俊太郎49『クレーの天使』(講談社2000)『クレーの絵本』の姉妹篇。天使の絵ばかりを選択し短い詩を付した詩画集。単純に善良なだけでなく人間的であり時には悪魔的でさえある天使とは詩の精霊そのものではないか。総かな表記は子供の詩と共通し、平易な言葉で書かれているが単純ではない。

谷川俊太郎50『minimal』(思潮社2002)十年ぶりの思潮社シリーズ第7冊は行脚の短い三行詩節による寡黙な作品群。饒舌と騒音に嫌気がさして沈黙していた時期からの復活は静寂の中から静かに行われた。全作品に英訳が付き、寡黙ゆえの難解さへの注釈の役割を果たしている。快進撃への序。

谷川俊太郎51『夜のミッキー・マウス』(新潮社2003)前作から一転して、五行詩節を多用した雄弁な作品群。執筆期間の長さ(10年弱)のせいもあってか、前衛性と大衆性の入り混じった多様な一冊だ。思潮社でも集英社でもない版元からもその二面性が窺われる。饒舌な詩「無口」の両面性に注目。
(引用ここまで)

今日(日曜)は先週に続き日曜出勤。オープンキャンパスで大学です。朝が早いので早めの寝酒開始。イタリアの赤にビル・エヴァンスのピアノ・トリオです。以上とりいそぎ。

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2017年5月20日 (土)

講義のち演習のち面談のち詩作のち詩集二冊

早めに家を出て駅前の中華屋さんで焼きそばを食べてから電車バスで出勤。余裕で間に合いました。講義と演習を終えてから面談の学生がひとりだけ。無事に終了して帰宅は6時過ぎ。
昨夜おそくに、ブログ日記を書いた後、ふと詩のモチーフが浮かんだので最後まで書きました。まだ荒いかな、と思っていたのですが、さきほど確認したら、結構出来ています。少し推敲しましたが、どうやらこれは使えそう。月末締切の詩二つのうち一つ出来ました。あと一つ。その後、詩集を二冊読了。以下はツイッタより。

谷川俊太郎45『クレーの絵本』(講談社1995)若い頃から慣れ親しんできたというクレーの絵画に詩を付した詩画集。『夜中に台所で…』中の収録作がほとんどだが、本来の詩画集として初めて実現した。モーツァルトの音楽と同様に、言葉にならない音や色や線への憧れがこの詩人のポエジーの源泉だ。

谷川俊太郎46『やさしさは愛じゃない』(幻冬舎1996)荒木経惟との写真詩集。全篇女性一人称による語りの詩。若い女性になりきって男(写真家)への感情の諸相を語る方法は一種の物語を構成する。写真家と詩人の個性がぶつかり合っているとも見えるが両者の個性が強すぎてぎこちなさが否めない。
(引用ここまで)

月末締切があるのは、あと詩一つのほかに、短いエッセイ一つと長めの評論の推敲。口頭発表の原稿に手を入れる作業です。その次は「びーぐる」の諸原稿が待っています。対論も。
深夜ワインはイタリアの赤。音楽はバッハのパルティータをチェンバロで。詩が一つできて上機嫌の羽曳野詩人です。詩人です。。。。

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2017年5月19日 (金)

会議のち授業のち詩集二冊

昼会議のためタクシー出勤。昼食後、会議と授業二つを無事に終えて帰宅は6時半頃。夜は詩集を二冊読みました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎43『モーツァルトを聴く人』(新潮社1995)『世間知ラズ』と平行して書かれた19篇。いずれも音楽、特にモーツァルトをモチーフに書かれ、音楽の悦楽と危険をアンビバレントな感情で描き出している。特に、ピアノと亡母についての記憶は生々しく、死の主題さえ音楽に彩られている。

谷川俊太郎44『真っ白でいるよりも』(集英社1995)集英社シリーズ第5冊は相変わらず変幻自在な書きぶりで読者を楽しませてくれる。時に女性一人称だったり少年だったりすることもあるが、生身の詩人の姿が色濃く出た作品が面白い。還暦を過ぎて孫ができて友人を失って、といった人生詩の妙味。
(引用ここまで)

このところ生活が単調であまり話題がありません。せめて詩集ツイートだけはマメに書いているのですが。そろそろ詩作モードに入らなければ、と考えているところ。
深夜ワインはフランスの「天使の生活」という名の赤ワイン。美味。音楽はラモーのクラヴサン曲。やや渋めのフレンチな深夜です。若葉がきれいですね。

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2017年5月18日 (木)

講義のち添削のち準備のち詩集一冊

午後おそくの講義。駅前でラーメンを食べてから出勤。90分フルタイムで無事終了。駅前でコーヒー豆を買って帰宅は6時半でした。
夜は、まず、木曜の授業のため添削作業。数人ですからそんなに時間はかかりません。次、金曜の授業準備で谷川俊太郎アンソロジーその2を作成。詩集『愛について』と『絵本』です。かなり遅くなりましたが、詩集を一冊だけ読みました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎42『ふじさんとおひさま』(童話社1994)1977年から79年にかけて「毎日こどもしんぶん」に連載した子供の詩44篇。佐野洋子によるカラー挿絵入り。子供目線でしか通常捉えられない微妙なイメージを鮮やかに切り取っていく手際が鮮やか。94年に刊行されたことの意義は大きい。
(引用ここまで)

さて。今日(木曜)は昼会議のち授業二つのち面接一つです。かなりハードですが、準備は万端なので大丈夫。
深夜ワインはボルドーの赤。音楽はビル・エヴァンスの定番です。業務が多くてなかなか原稿にかかれない状態ですが、そろそろなんとかしないと。そんな深夜の羽曳野丘陵です。

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2017年5月17日 (水)

講義のち演習のち詩集三冊

やや疲れ気味でタクシー出勤。食堂で肉とじ蕎麦を食べてから講義。それから演習。無事に終了して帰宅。一ヶ月ほど前に生え出た竹がもう立派に育ち始めています。まさに竹の生命力。夜は詩集を三冊読みました。『定義』(1975年)の後に出た2冊を忘れていたので追加します。したがって『タラマイカ偽書残闕』以後は二つずつ繰り下がって、『世間知ラズ』は(41)となります。以下はツイッタより。

谷川俊太郎15『誰もしらない』(国土社1976)おもに子供のために書かれた童謡の歌詞集だが、これも膨大な谷川詩の一冊。レコード大賞作詞賞に輝いた「月火水木金土日のうた」(服部公一曲、フランク永井歌)はじめ33篇を収録。詩人デビュー後すぐに作詞活動もしていたことを忘れてはならない。

谷川俊太郎16『由利の歌』(すばる書房1977)長新太、山口はるみ、大橋歩の絵とのコラボ。『旅』に続く詩画集だが両者とも詩が先なので詩画集ならではの谷川詩の独自性は見えてこない。つまり絵がなくても成り立つ。谷川作品独自の詩画集は絵が先で詩が後のものにこそ表れる。受けの天才として。

谷川俊太郎41『世間知ラズ』(思潮社1993)父の死、離婚、結婚と続く還暦前後の日々の瞑想と自省と不安と恍惚のアマルガムの中で、詩への問い、言葉への問いがあらためて奔出し、それらの問いがさらに詩の深みへの探究に誘う。ほぼ発表順(執筆順)の配列は、この時期が詩索そのものだったから。
(引用ここまで)

3枚めの写真は谷川さんの自筆です。2000年、初対面の折に書いていただいたもの。もちろんサインと宛名、日付が左ページに入っています。『世間知ラズ』の後、あまり自分からは詩を書かない時期、いわゆる「沈黙の10年」に入るのですが、その「沈黙」の間にも詩集は7冊出ています(すごいな)。『minimal』(2002年)までの10年間7冊を次に紹介していきます。詩画集、写真詩集、子供の詩などバラエティに富んだ7冊です。

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2017年5月16日 (火)

歯科医院の前後で詩集4冊

ひさしぶりに朝、工事の音が聞こえるので、窓から見たら、クレーン車が来ています。上階の資材の撤去作業のようです。ご苦労様と呟きながら静かな方の部屋に移動して読書。夕方4時半よりいつもの歯医者さんで定期検診。40分ほどかかってクリーニングしていただきました。次は3ヶ月後です。
歯医者さん以外はほぼ一日中詩集を読んでいました。この日は4冊。以下はツイッタより。

谷川俊太郎35『女に』(マガジンハウス1991)還暦間際の詩人による大純愛詩36篇。すべて数行の短詩に佐野洋子の挿絵が付く。「未生」から「後生」までの互いの生のすべてを暗示し隠喩し寓意するかのように、詩と絵は密接に結びつき、具体的な生と生活の細部までも浮き上がらせようとしている。

谷川俊太郎36『詩を贈ろうとすることは』(集英社1991)多様な依頼に応えた集英社シリーズ第4冊。五十歳代における生活の変化を反映しつつも、静寂と沈黙を希求する姿は不変だ。祝婚歌、追悼詩をはじめ機会詩も多いが決して美辞麗句は用いない。時に辛辣さもあるが冷たくはない。詩の温もりだ。

谷川俊太郎37『十八歳』(東京書籍1993)表題通り18歳の時の作品群で『二十億光年の孤独』に収録されなかった63篇。素朴で瑞々しい少年の息づかいが凝縮した一冊だ。時に情念の空回り的な詩篇もあるが、時代を考えるとこの健全さは驚きだ。40年以上も後に刊行されたことの意義を考えたい。

谷川俊太郎38『子どもの肖像』(紀伊國屋書店1993)初の本格的コラボ写真詩集は百瀬恒彦が撮影した子供たちの写真への作品群。一人ひとりの子供の個性を鋭く描き、まるでその子が考えている内容を代弁しているかのような自然さにまとめている。どんな年齢の子にもなり切れる才能が開花した一冊。
(引用ここまで)

谷川詩集はこの後、名作『世間知ラズ』へと続きます。2000年に初めて谷川さんにお会いした時に最初にサインしていただいたのがこの詩集でした。献辞とともに「言葉の素顔を見たい」というフレーズが記されています。谷川さんが選んだフレーズだったのか、私がお願いしたのか、今となってははっきりしませんが、いかにも谷川俊太郎らしい1行だと思います。
深夜ワインはイタリアの赤。音楽はめずらしくボロディンのピアノ曲を聞いています。YouTubeにはこんなものまであるのですね。あなどれません。
今日(火曜)からはまた4日間8コマの授業。ほかにも会議などいろいろあります。体調を整えながらがんばります。そろそろ月末締め切りの3つ(あるいは4つ)の原稿も気になってきました。そんな五月の羽曳野市民です。

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2017年5月15日 (月)

昼業務/夜詩集三冊

日曜出勤で大阪あべのハルカス24階のスカイキャンパスへ。特に出番のないイベントですが、スタッフとしてお付き合い&待機。4時間ほどで無事に終了して、途中でコーヒーを飲んでから帰宅しました。7時前。
夜は詩集を三冊読みました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎32『メランコリーの川下り』(思潮社1988)英訳付き、日米同時発売。短めの作品と長い作品が混在して一種のカオスを醸しつつ、それでも強靭なモチーフに貫かれた、思潮社シリーズ第5弾。珍しく生活の困難を反映した作品が散見され、特に「……」を多用した表題作に描かれる鬱は深刻。

谷川俊太郎33『かぼちゃごよみ』(福音館書店1990)ブリューゲルを思わせる、それでいて昭和レトロな、川原田徹のユニークな絵に詩人が12篇の総ひらがな詩を書いた。子供の詩のようでもあり不吉さを含む大人の詩のようでもある。特に死をテーマにした作品には鬱の気分が色濃く出ているようだ。

谷川俊太郎34『魂のいちばんおいしいところ』(サンリオ1990)様々な依頼に応じて書かれたサンリオ第3弾。相変わらずの安定感の中に独自の抒情と他者性と幼児性を織り込んだ達人の作品群だ。かなりラジカルなものや私小説的なものも含まれるが、その境界はかなり目を凝らさないと見えてこない。
(引用ここまで)

34冊まで来て、谷川さん58歳です。この時点で私は37歳。子育てに追われながら大学の業務をこなしつつ最初の単行本を出した頃でした。27年前のことです(とおい目)。あれこれ自分の過去が重なってきます。
深夜ワインはキァンティを飲みながらビル・エヴァンス。そろそろ机上の詩集が気になってきました。あれこれ業務も。おちついて一つずつ片付けます。そんな五月のおだやかな深夜です。羽曳野丘陵は若葉に包まれています。

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2017年5月14日 (日)

高松塚古墳壁画のち詩集一冊

修理中の高松塚古墳壁画が一週間だけ公開されるというので、小雨降るなか飛鳥まで行きました。電車25分。徒歩10分。事前の申込みが必要なので、だめならそのまま周辺を散策して帰ればいいか、というぐらいのつもりだったのですが。うまいぐあいに空きがあって見学者の中に入ることができました。1時間ほど待ち時間があったので、飛鳥歴史公園の庭園などを散策した後、係の方に公園の一角にある作業館に案内されて(20人ほどのグループです)初めて古墳壁画の実物を見ました。ガラス越しながら、飛鳥美人などは手前の方に配置されていて、それに入館時にオペラグラスを貸してくれたこともあって、かなり鮮明に見ることができました。これまでに高松塚古墳には何度も行っているし、壁画館でレプリカを見たこともありますが、やはり本物のオーラは違います。巨大な(500キロから1000キロほど)凝灰岩が全部で16個。一つ一つに壁画が描かれています。1300年前のものですから、大変な年代物ですね(ヴィンテージどころではない)。10分ほどの制限の中ですが、しっかり拝見することができました。
まだ時間も早いので、いつものコースで高松塚古墳周辺を散策。小雨が時折おちてきますが、霧が出てかえってすてきな風景。このあたりは最も飛鳥らしい地域で、好きな場所の一つです。地元産のいちご「飛鳥ルビー」などを買って、駅前の喫茶店でコーヒーを飲んで、6時過ぎに帰宅しました。
夜は詩集を一冊読みました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎31『はだか』(筑摩書房1988)全23篇、総ひらがな表記の子供目線の作品集。佐野洋子の挿絵が単純にかわいいだけでなく一種の不気味さ不条理さを滲ませているように、全作品が複雑で不思議な子供心を微妙に描き出している。「さようなら」「がっこう」「おかあさん」等はかなり怖い。
(引用ここまで)

この年、谷川さんは詩集を3冊出しています。『いちねんせい』『はだか』そして『メランコリーの川下り』。いよいよ絶好調、というところですが、生活の上ではあれこれ苦労も多かったようです。その影は3冊目の詩集にあらわれています。
深夜ワインはイタリアのキアンティの赤。音楽はロン・カーターのベース中心のトリオ。今日(日曜)は大学のイベントで、あべのハルカスに行きます。仕事です。そんな初夏の羽曳野市民。

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2017年5月13日 (土)

講義のち演習のち宴会スルーのち詩集二冊

長い間(3ヶ月ぐらいかな)工事中のためベランダ側を覆っていたシートと足場が撤去されて、ひさしぶりに外光がすっきり部屋に入るようになりました。なんといっても開放感があります。早めに家を出てバス電車バスで大学へ。講義と演習を終えた後、夜の宴会に出るつもりで時間調整をして大学を出たのですが。駅に着く頃になんだか疲れてしまって。いつもの最寄り駅で気がついたら下車していました。連休明けの一週間フルタイムの勤務の後で疲れているのでしょうね。そう判断して、大阪市内での宴会はスルーすることにして、駅前スーパーで買い物をしてから帰宅しました。ちょうど同じバスで歌人とばったり。いつも通りの時間に晩ご飯を食べて、夜は詩集を二冊読みました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎29『よしなしうた』(青土社1985)全篇14行の36篇。英訳がついていてタイトルは「SONGS OF NONSENSE」総ひらがな詩なので子供の詩に見えるが、実は相当にホラーでブラックな、哲学的とさえ呼び得る作品群。「ゆうぐれ」はこの人にしか書けないライトヴァースだ。

谷川俊太郎30『いちねんせい』(小学館1988)3年ぶりの新刊詩集は、和田誠の絵も楽しい絵本詩集。五十五歳の詩人が小学一年生になりきって、思う存分その幼児性を発揮し、オノマトペ、悪口、悪戯、地口等を自由自在に繰り広げる。時にはっとさせる発見もあり、子供の詩の可能性を大きく広げた。
(引用ここまで)

さて。週末ですが。日曜に大学の業務があるので、休みは土曜だけ。ちょっとだけ外出しようと思っています。飛鳥まで30分。
深夜ワインはフランスの「猫」音楽はクープランの弦楽合奏曲。引き続きフレンチな羽曳野丘陵の初夏です。詩を書きたい。

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2017年5月12日 (金)

授業のち面接のち詩集一冊

雨が上がってさわやかな初夏の1日。バス電車バスで午後の授業へ。終了後はAO合格者の個人面談を4人。無事に終わりました。最近になって工事が始まって、スクールバスが時間帯によって坂(芸大坂といいます)の下までしか来なくなりました。教員バスは上まで来るのですが、予定していた便に乗り損ねて、やむを得ず坂を下ってスクールバスに。ながめが良いので、これはこれでいいものです。7時前に帰宅。
夜は詩集を一冊読みました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎28『詩めくり』(マドラ出版1984)この年3冊目の詩集は2行から7行までの短詩366篇。タイトルは「日めくり」のもじり。元旦から大晦日までの日付が入っているが特に意味はない(著者の誕生日だけが例外)。ユーモア、ウィット、アイロニー、ナンセンス、詩論と、すべてが上質だ。
(引用ここまで)

さて。今日(金曜)は講義演習の後、夜にパーティーがあります。出席を予定しているので、夜まで体力温存が必要。空き時間をどう過ごすが問題です。研究室で読書、かな。
深夜ワインはフランスの「猫」。音楽はクープランのクラヴサン曲。チェンバロのことをフランス語ではクラヴサンといいます。そんなフレンチな羽曳野丘陵の初夏の夜。あ、詩が書きたい。

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2017年5月11日 (木)

講義のち聴講のち面接準備のち詩集一冊

午後おそくの講義を一つ。終了後、某作家の特別講義があるのでしばし聴講。わけあって半分ほどで退席し帰宅しました。
帰宅後は翌日の面接準備。夜は詩集を一冊読みました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎27『日本語のカタログ』(思潮社1984)思潮社シリーズ第4弾は引き続き実験的作品群。表題作は他人の文章をつないだコラージュ詩だが、他にも日本語の可能性を追求する作品が並んでいる。沢野ひとしや山岸凉子の漫画とのコラボレーションまで。「詩」と「詩的なもの」の葛藤が主題だ。
(引用ここまで)

1984年には谷川さんの詩集が3冊出ています。すごい創作力ですね。ふつう詩集は3年ごとに1冊ぐらいが標準ペースですが、1年で3冊とは。しかも3冊とも性質が異なるものです(だから出せるともいえますが)。このあたりで創作ペースがますます加速している感じです。このペースは1993年の『世間知ラズ』まで続くことになります。
深夜ワインはイタリアの赤。音楽はアルビノーニ。引き続きイタリアンな夜です。ああ海を見たい。詩を書きたい。そんな初夏の深夜です。

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2017年5月10日 (水)

講義のち演習のち小説のち詩集一冊

どうも鼻風邪気味が続いていて、あまりはっきりしません。喉はかなりよくなったのですが、鼻の具合がどうも。もしかしたら花粉症?まさか。というわけでタクシー出勤。大学に着いてみたら、同僚二人も鼻風邪気味とのことでした。今の時期に多いのでしょうか。ともあれ講義と演習を無事にこなして帰宅。
夜は少し小説を読んでから(業務の一部です)詩集を一冊読みました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎26『手紙』(集英社1984)集英社シリーズ3冊目。相変わらず多様な依頼に応えつつその時々の独自な抒情を滲ませる書き方はいよいよ深まってきた。明治のうたびとたちへの頌歌や追悼詩や写真詩にも新鮮なひらめきがある。恋愛詩が多くなっていることもこの時期の特徴といえるだろうか。
(引用ここまで)

続く4年で詩集は6冊。つまり全63冊のほぼ半分になります。その時点で谷川さん57歳。57歳で詩集32冊もすごいけど、その後現在(86歳)までの30年足らずで31冊というのもすごいですね。その間にいわゆる「沈黙の十年」が入っていることも考えると、大変なペースといえそうです。しかもその多様かつ果敢な内容。引き続き追跡していきます。
深夜ワインはキアンティの赤。音楽はスカルラッティのチェンバロ曲。引き続きイタリアンな初夏の深夜です。ちょっと雨模様ですが。

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2017年5月 9日 (火)

詩集二冊のち業務のち散歩のち業務のち詩集二冊

連休あけの月曜日は自宅研修日。まず詩集を二冊読みました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎22『日々の地図』(集英社1982)様々な求めに応じた集英社シリーズ第2冊。五十歳前後の頃の生活を反映すると共に、生活の背後に見え隠れする詩的真実を掬い取ろうとの意欲に溢れた作品群。表題は美容室の宣伝葉書に書かれた「道」の一部。機会詩にも独自の抒情を織り込むのが谷川流。

谷川俊太郎23『どきん』(理論社1983)ついに本格的に始まった「こどもの詩」第一弾。ことばあそび、童謡、ひらがな詩と続いた言語実験は「こどもの詩」による真理の発見という思いがけず斬新な様式を生み出した。全3章のうち二つは幼児向けだが、第2章は年長さん向け。こども目線の真実は詩。
(引用ここまで)

そろそろ大学の業務が気になるので、ここで通信教育部の卒業制作第一回提出分をチェック。できました。次、AO 合格者の課題作品のチェック。いくつか見たところで疲れたので外出。近所の散歩です。いつもの古墳公園を抜けて公民館の中にある本屋さんで単行本と文庫本をそれぞれ一冊購入。そこからバス通り沿いに坂道を上って、バス停のところまで、ニセアカシアの様子を見に行きました。ほぼ満開。かなり花が散っている木もあります。これが「アカシアの雨」なのかな。これに打たれてて「死んでしまいたい」とはとても思えませんが。そういえば、石原裕次郎にもアカシアの歌があったことを思い出しました。たしか「アカシアの花の下で/あのこがそっとまぶたを拭いた/赤いハンカチよ」だったかな(うろおぼえ)。帰宅してから業務の続き。
夜は、業務を終えてからまた詩集を二冊読みました。以下は再びツイッタより。

谷川俊太郎24『対詩』(書肆山田1983)少し前からダイアローグ式の語り詩を試みてきた詩人が、正津勉という具体的な他者を得て「対詩」というユニークなスタイルに到達した。互いの刺激を前提にコンテクストが作られることによる意外なイメージがあって興味深いが、独立した作品としても面白い。

谷川俊太郎25『スーパーマンその他大勢』(グラフィック社1983)桑原伸之の楽しい絵(漫画)に詩人が言葉をつけた24篇の詩画集。絵本だが詩集でもある。最大の特徴は、桑原のあとがきにあるように、絵がイメージとなって「広がりはじめ」たこと。コラボ特に受けの名手としての本領発揮の一冊。
(引用ここまで)

そろそろ半分に近づいてきました。あと少しで(いや、かなりかな)現在の自分の年齢のところまできます。ま、あわてずにゆっくりやります。授業も忙しくなることだし。
深夜ワインはイタリアのキアンティ。音楽はスカルラッティの室内協奏曲で、とてもイタリアンな初夏の夜です。イタリアにもアカシアはあるのかな。いな、アカシアしかあ、ない(無理な回文ひさしぶり)。

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2017年5月 8日 (月)

対訳完成のち詩集一冊のち藤まつりのち散髪のち詩集一冊

先日ほぼ完成したフランス歌曲の対訳原稿を推敲して、担当者に送稿しました。今回はヴェルレーヌの詩4篇だけが新訳です。その後、詩集を一冊読んでツイートしました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎20『わらべうた続』(集英社1982)続編には「ゆっくりゆきちゃん」など後に二次三次使用される名作が多い。そのまま簡単なふしを付けて歌えそうなものもあれば、実際に作曲できそうなものもある。「であるとあるで」のような言語破壊も。辛辣なブラックユーモアもあって油断できない。
(引用ここまで)

遅い昼ごはんを食べながらテレビで野球観戦していたのですが。めずらしく勝ちゲームになりそうで、8対0になったところでもういいかな、と思って外出。バスと徒歩で藤井寺の葛井寺へ。今年2度目の藤まつり。ほぼ終わっていて、白藤だけが咲き誇っていました。前回は早すぎて白藤が咲いていなかったので、これでちょうどいいかな、と納得。
納得したので、続いて藤井寺の理容院へ。もう30年近く通っています。さっぱりして駅前でコーヒーを飲んでから帰宅。
晩ご飯の後、詩集をもう一冊読みました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎21『みみをすます』(福音館書店1982)ひらかなによる和語のみで(若干の例外はあるが)綴られた6篇の長詩。帯文に「あしかけ十年」とあるように、ことばあそび以後の言語実験の到達点である。「自らの完璧な回答」とは大袈裟ではない。かたちの素朴さ単純さに比して内容は深く重い。
(引用ここまで)

この時点で谷川さん50歳。この後、36年の間にさらに42冊出るわけです。まだ先は長い。がんばります。
深夜ワインはシチリアの赤。音楽はルクレールの室内バロック。娘夫婦が横浜の自宅に帰ったので、今夜は遠慮なく音楽を流しています。夫婦二人だけになって静かな静かな羽曳野の夜です。そろそろ業務にかからなければ。添削など。今日(月曜)から業務再開です。

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2017年5月 7日 (日)

吉野詣でのち詩集二冊

連休最後のイベントは一族6人での吉野詣で。ゴールデンウィークの吉野山は、桜の季節の後ということで意外と穴場です。宿泊客はいるものの、大して大きなホテルがあるわけでもなく、静かに散策できます。昼過ぎに、念のため予約しておいた特急に乗って(でもがら空き)3時過ぎに吉野駅着。雨模様でしたが、本降りになることはなく降ったり止んだりの柔らかい雨の中、まずは大和3庭園の一つ竹林院で新緑浴。天気が悪いのであまり見晴らしはよくないものの、山に霧がかかって神秘的な雰囲気です。続いて、金峯山寺蔵王堂で蔵王権現さんたちにご挨拶。6人のうち二人は初めてということで、新鮮だったようです。あとはゆっくり買い物したりお茶したり。最後は七曲りの坂を下って吉野駅まで。ここは桜も絶景ですが、楓の新緑がみごとです。若葉青葉のトンネルを抜けて無事に駅到着。秋の紅葉はさぞかし立派でしょうね。今年こそ秋に行ってみよう。帰宅は8時前。
6人での晩ご飯は、吉野で買ってきた鮎の塩焼き、豆腐、湯葉などで山の美味を味わいました。みなさん喜んでくれてよかった。10時過ぎにおひらき。
その後、詩集を二冊読みました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎18『ことばあそびうた また』(福音館書店1981)言語実験は続く。前作以上にストーリー性が強く凝ったつくりが特徴。遊びの精神は詩精神と同一であり産みの苦しみは産みの楽しみでもある。瀬川康男の絵も楽しく、耳と目との両方で遊べる一冊だ。それにしても、この先にあるものとは?

谷川俊太郎19『わらべうた』(集英社1981)過去数年にわたる言語実験の成果はこの詩集かもしれない。一見ナンセンスな「ことばあそび」が「うた」を獲得することで、現代詩に失われつつあった音楽を始原の状態から呼び戻そうとする試み。この後に続く子供の詩、歌詞、ひらかな詩への貴重な一歩。
(引用ここまで)

深夜ワインはシチリアの赤。音楽はありません。理由は前夜と同様。新緑がきれいな初夏の夜の羽曳野丘陵です。

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2017年5月 6日 (土)

野球観戦のち翻訳のち詩集一冊

昼間はゆったりテレビで野球観戦をしていたのですが。あまりに後味の悪い幕切れに気分がふさいで仕方ないので、夕暮れ時の散歩に出ました。近所だけでかなりの種類の花が咲いています。バス停付近にはアカシア(ニセアカシア?)の木が10本ほどあって、ちょうど満開を迎えていました。あと数日も経てばいっせいに散るのでしょうね(アカシアの雨です)。マンションの敷地にもさまざまな花が咲き乱れていて見飽きません。
帰宅後、締切の迫った翻訳の作業に入りました。いつもの京都フランス歌曲協会コンサート用の対訳です。今回は4曲だけ。夜までかかって一通りできました。あと少し推敲して提出します。
夜遅く、詩集を一冊読みました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎17『コカコーラ・レッスン』(思潮社1980)詩的実験はより構造的かつ多様に展開する。ここには企画書もあれば未定稿もあれば言葉遊びもあればアフォリズム的断章もある。ロールシャッハ・テスト図版による詩まである。先鋭的カオスから生じる詩もある。「タラマイカ偽書残闕」を再録。
(引用ここまで)

深夜ワインはボルドーの赤。音楽は今夜もありません。理由は昨夜と同じ。しずかなしずかな羽曳野の夜です。今日(土曜)は一家6人で新緑の吉野に遠足に行く予定。

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2017年5月 5日 (金)

手巻き寿司パーティーのち詩集二冊

連休で娘夫婦が来宅したので、6人でにぎやかに食卓を囲みました。ひさしぶりに手巻き寿司パーティー。若いカップルが二組もいると華やかで楽しくなります。お酒も少しだけいただいて、あれこれ話が盛り上がってほぼ2時間半。ちょっと食べすぎたかな、と。9時半頃におひらきしました。
その後、少し休憩してから詩集を2冊読みました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎15『タラマイカ偽書残闕』(書肆山田1978)数多ある谷川詩集の中でも最も過激な詩的実験の書。「タラマイカ語」からスウェーデン語、ウルドゥ語、英語を経て日本語に翻訳された、とする偽翻訳詩は、独自の造語と相俟って、神話的叙事詩の幻視を促し詩の発生を垣間見させるテクストを仮構する。

谷川俊太郎16『そのほかに』(集英社1979)集英社シリーズ第一弾。大小様々なスタイルの57篇は「あとがき」でパッチ・ワークに擬せられている。寡黙な詩、雄弁な詩、写真詩、歌詞と、多くの抽斗を一遍に開けたような賑やかさで、定型詩の試みまである。試行錯誤というよりも自由自儘な作品群。
(引用ここまで)

1979年ということは谷川さん47-48歳。いよいよ快調に飛ばしています。でも、詩集は16冊め。この後47冊出るのですね(カウントを微調整した結果現在63冊)。考えてみたらすごいことです(考えなくてもすごいけど)。ちなみに『そのほかに』には妻である知子さんへの献辞があります。
深夜ワインはキャンティの赤。音楽はありません。隣の部屋で娘夫婦が眠っているので自嘲、じゃなくて自重。そんな連休さなかの羽曳野通信です。

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2017年5月 4日 (木)

石光寺のち染野のち詩集3冊

先日時間がなくて行き損ねた石光寺へ、午後おそく出かけました。當麻寺の一つ手前「二上神社口」駅で下車して徒歩15分ほど。ここも牡丹祭りの最中で、ちょうど見頃でした。なんといっても各種牡丹がみごとですが、境内にはほかにも芍薬、石楠花、躑躅、藤などが色とりどりで目をたのしませてくれます。先日の當麻寺とあわせて、今年は牡丹はもういいかな、と。
帰路は、いつもの幹線道路ではなく、ふと(歌人が)思いついて、山辺の道をたどることにしました。二上山を左間近に眺めながら染野の集落と田園地帯をのんびり歩いていると、まるで古代にタイムスリップしたかのような感じがします。二上山の麓に桐の花を発見して、しばらく見とれていました。途中で道の駅と公園があって、なかなか立派な施設なのですが、あいにく閉園時間がすぎていました。また今度ゆっくり来てみよう。ちょうど晩ご飯の時間に帰宅。
夜は詩集ツイートを3つしました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎12『祈らなくていいのか』(角川書店『谷川俊太郎詩集』1972所収)拾遺詩篇を多く含み特に「祈らなくていいのか」と題された12篇は小詩集一冊に相当する。様々な機会に書かれスタイルも様々だが、次第に次の様式が見え始めている。名作「朝のリレー」を含む斬新かつ果敢な抒情詩集。

谷川俊太郎13『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』(青土社1975)名作「芝生」を巻頭に組詩中心とする詩集。妻、友人、同人といった親しい他者への語り口調で対話詩を試みる。即興による新しい言語実験とクレーの絵とのコラボレーションが鮮やかで、新境地へと踏み出した転換点の一冊。

谷川俊太郎14『定義』(思潮社1975)13と同時刊行。前者がディアローグ中心であるのに対し、モノローグによって物の本質に迫ろうとするポンジュ的散文詩である。24個の物たちは詩人の鋭利な視線と言語によって物そのものの歌を奏で始める。対照的な二冊の実験詩集が新たな地平を切り開いた。
(引用ここまで)

思い立って、谷川俊太郎ほぼ全詩集60冊ほどを本棚に並べて写真を撮ってみました。なかなか壮観です。これだけ書いてきたんだ、六十数年間に、と思うと感無量です。およばずながら、これらすべてを精読してまとまった評論書を一冊書きたい、と意を新たにしたものでした。現在の詩集ツイートはその単著、じゃなくて端緒です。
深夜ワインはイタリアのキャンティ赤。音楽はコレッリの室内楽。とてもバロックでイタリアンな初夏の深夜です。そろそろ各種締切が気になってきました。谷川詩集たのしいんだけど。

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2017年5月 3日 (水)

講義のち演習のち詩集一冊のち整理

バス電車バスで出講。連休の谷間でしたが、学生たちの出席状況はほどほど良好でした。講義と演習を無事に終えて帰りにコーヒー豆を買ってから帰宅。
夜は詩集ツイートをひとつだけ。以下はツイッタより。

谷川俊太郎11『空に小鳥がいなくなった日』(サンリオ、1974)様々な機会に書いた50篇を6章にまとめた。ソネット、4行詩節、5行詩節など、多様なスタイルを自在に操っているように見えるが、実は相当に苦戦したらしい様子が「あとがき」から伝わってくる。葛藤の跡を見せないのが谷川流だ。
(引用ここまで)

夜遅くなってから、谷川俊太郎詩集の整理をしました。ほぼ刊行順に(初版本中心です)本棚に並べて。大きすぎるものはやむを得ず別の棚に置いて。欠けているものが3冊ありますが、ほかは全部そろっています。あらためて数えてみたら、単行本詩集とみなされるものは全部で62冊。数え方にもよりますが、だいたいこれが標準でしょう。それにしても62冊とは。これ以上多くの詩集を出した(出している)詩人って、世界中にいるのでしょうか。フランスではユゴーやアラゴンが多作で知られていますが、それでもこれほどではないでしょう。あらためて、すごいなと。もちろん量だけの問題ではありません。質を伴ってのことであることは言うまでもあらない(文の乱れはご寛恕ください)。
深夜ワインはボルドーの赤。音楽はコレッリのトリオ・ソナタ。いよいよ連休突入の羽曳野市民です。初夏ですね。3枚めの写真は先日まで定点観測していた竹の子ではなく別のもの。先のものはなぜか伐採されていました。掘り起こした跡ではなかったので、食用にしたわけではなさそうです。竹林管理のためでしょうね、たぶん。

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2017年5月 2日 (火)

歯医者のち散歩のち詩集2冊

3ヶ月に一度(各回2度)の定期検診のために近所の歯医者さんへ。45分ほどかけて丁寧に処置していただいて、時間が早いので(日が長くなりました)近所を散策。桜が散った後はみずみずしい新緑。池には水草がはびこり始めていました。もうすぐ水面がびっしり水草に覆われます。今年はちょっと遅いかな。いつものカモ、アヒルのほかにシラサギが1羽。なぜかカラスも数羽いました。サギとカラスのツーショット。アカシアの花もそろそろ咲き始めています。そんな初夏の風景でした。
夜は詩集ツイートを二つ。以下はツイッタより。

谷川俊太郎9『うつむく青年』(山梨シルクセンター出版部)各種の依頼に応じた詩39篇で一部歌詞も含む。後の「集英社系」の先駆でもある。ポップでライトな作風の中に新奇な輝きを滲ませているのが特長。名作「生きる」や「東京バラード」など後に二次使用三次使用される人気作を含む。不惑の一冊。

谷川俊太郎10『ことばあそびうた』(福音館書店、1973)ついに始まった過激な言語実験。意味を最小限にしてもっぱら音のみを追求した「ナンセンス」詩の集成。朗読用には楽しいがその分脱力感も半端でない。このままサブカルチャーの人になってしまうのかと現代詩ファンを不安に陥れた一冊。
(引用ここまで)

『ことばあそびうた』が出た頃の谷川さんの朗読を大学2年の時に聞きに行きました。場所は心斎橋パルコ。現代詩人たちが数人集まっての朗読会。トップの吉増剛造のロックな朗読(バックバンドつき)に驚嘆して、谷川俊太郎の「ことばあそびうた」に脱力したのでした。もうこの人は終わったのか、と思いつつ帰路についたことを覚えています。その後の快進撃(特に『定義』以後)のことなど知る由もなかった二十歳の私でした(遠い目)。
深夜ワインはイタリアの赤。音楽はコレッリの室内協奏曲。そんなイタリアンな羽曳野の初夏の夜。今日(火曜)は連休の谷間の授業があります。以上羽曳野通信でした。

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2017年5月 1日 (月)

詩「家は正方形」

「QUARTETTE カルテット」第3号に掲載した詩「家は正方形」をHPにアップしました。こちらです。
http://yamadakenji.la.coocan.jp/iewa.htm

牡丹まつりのちイタリアンのち詩集一冊

大阪の最高気温は27度。初夏の陽気にさそわれて、牡丹を見に行きました。別に遠方ではありません。なじみの當麻寺です。牡丹まつりの真っ最中。遅い時間に出かけたので、隣の石光寺はあきらめて、今回は當麻寺だけ。ちょうど見頃でした。例年より少し早いような気がします。やはりこの陽気のせいでしょうか。白藤や石楠花なども咲いていて、まさに百花繚乱ですが、やはり牡丹が中心です。そのように育てているからですが、丹精込めた、というのはこういうことでしょうね。香藕園(中の坊)の庭もみごとですが、奥の院の浄土庭園はさらにみごとです。石と水で作られた人工の自然は、浄土、とはこのことか、と思われるほど。牡丹を堪能した1日でした。
當麻寺から當麻の里をしばらく散策。二上山を間近に見ながら田園地帯をしばらく歩きます。そこに突然あらわれるのがイタリアン・レストラン。わりと最近できたのですが、いつも気になりながらタイミングが合わずに入ったことがなかったのですが。ちょっと早めの晩ご飯ということで話が決まって入店。二上山がよく見える席に案内されて、ピッツァを食べながら二上山の夕景を眺めて、赤ワインも一杯だけ飲んで、いい気分です。ここのピッツァは薪を使った窯焼きで美味。店を出る頃には二上山の上空に三日月が出て、なんというか、古代と現代を重ねたような不思議な情景でした。これはやみつきになりそう。二上山を見ながらイタリアン、ってなんだか贅沢な気がします。
夜は詩集ツイートをひとつだけ。以下はツイッタより。

谷川俊太郎8『旅』(求龍堂、1968年)初版は香月泰男の絵が各葉についた未綴じの豪華版詩画集で、4行と3行を自在に使い分けた変則ソネット25篇。欧米旅行の体験と鳥羽旅行等がモチーフとなり、三十代半ばにして独自の詩法を自覚した記念碑的作品群。後に普及版が出て広く読まれるようになる。
(引用ここまで)

深夜ワインはヴォクルーズの赤。音楽はモーツァルトのセレナード。とてもイタリアンな(どこが)深夜です。あ、さきほど五月になりました。初夏の夜です。ミュッセの詩「五月の夜」を読みたくなりました。そんな深夜の羽曳野通信です。

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