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2019年8月 5日 (月)

夏休み三日目は詩集を9冊読んだ

外はあまりの猛暑なので、一日中部屋にこもって詩集を読んでいました。以下はツイッタより。

相沢正一郎『パウル・クレーの〈忘れっぽい天使〉をだいどころの壁にかけた』(書肆山田)1950年生まれの詩人による第8詩集32篇。表題作はあるが、特に詩集の中心というわけでなく、他にもモネやブリューゲル等の画家、文学者等が多く引用されリブレスクな抒情を奏でている。死の気配も濃厚に。

秋川久紫『フラグメント 奇貨から群夢まで』(港の人)1960年生れの著者第4詩集。経済用語、IT用語から古今東西の芸術家たちのモチーフ、さらにスイーツまで、あらゆる領域の語彙を折り込み無意識世界の探究を企てた、散文による断章の集成。縦長函入の装幀と相俟って、瀟洒かつ実験的な試みだ。

左子真由美『RINKAKU 輪郭』(竹林館)詩を中心とする出版社を営む著者の第9詩集26篇。行分け詩、散文詩、ひらかな詩を使い分け、平易な言葉で懐かしい情景や歌や心象の輪郭を浮き上がらせる手法は、プレヴェールや杉山平一を彷彿させる。端正な佇まいに滲む抒情が穏やかで懐かしく、そして新鮮だ。

小柳玲子『夜あけの月が』(空とぶキリン社)1935年生れのベテラン詩人による第14詩集は自ら「最後の詩集」と呼ぶ17篇。亡き北村太郎や那珂太郎等との交遊や、長い詩歴の中での出会いと別れなどを、独自の磊落な文体で描いている。幼年期や青春期が時間によって昇華している様が美しく切ない。

清岳こう『眠る男』(思潮社)1950年熊本生まれ仙台在住の詩人による第9詩集41篇。大勢の「こうたろう」という息子(らしき男性)が登場し、母との確執、社会との葛藤を次々と巻き起こす。一見母性の詩とも読まれるが、鋭い社会風刺と政治批判に裏付けられた皮肉と諧謔とは一筋縄ではいかない。

葉山美玖『約束』(コールサック社)1964年生れの著者第3詩集32篇。モチーフはこれまでの人生体験の多岐にわたるが、中心は、幼児期の辛い体験を直視し克服することで、憎悪から親愛へ、絶望から希望への軌道を自ら切り開いてきた、その葛藤だろう。靭やかな行分けのリズムは精神の自律の証だ。

ヤリタミサコ『月の背骨/向う見ず女のバラッド』(らんか社)多彩なスタイルとスタンスで書かれた15篇。怒りと勢いと省察と燃焼、それに瞑想さえ含む過激な(と言っていい)作品群だ。中心は生への欲動と死の明視、とひとまず言えるだろうが、複雑に錯綜したイメージは決して一義的には収束しない。

坂多瑩子『さんぽさんぽ』著者第6詩集22篇。日常のすぐ脇、傍、隣、奥、裏に広がる異世界の様相を、ごく平易な言葉であっけらかんと描き出した、独自の詩世界。いくぶんのホラーを含むユーモアが独創的。行間に漂っているのは死者と未生の者をも包含する、儚いゆえに却って時間を超越した詩空間だ。

阿賀猥『サヤサヤ、サヤサヤ』(iga)悪夢の中を彷徨する物語的散文詩中心の11篇。全3章のうち、比較的短い行分け断章から成る第2章は間奏曲のようなものか。一種の幻想譚とも見えるが、描写はきわめてリアルで、細部にも繊細な注意が払われている。幻想のリアリズムに特長のある不条理な作品群。

(引用ここまで)

一日で9冊というのはちょっと多すぎかもしれません。相当集中していたので、かなり疲れました。ともあれ、これで7月刊行分まで読了です。次は8月分が今のところ4冊あります。まだ増えるでしょうね。
今日(月曜)はプチバカンスで志摩半島まで一泊旅行に出かける予定。すぐにAO入試があるので、長居はできません。それでもバカンス。
深夜ワインはフランスの南の太陽。音楽はバッハのギター曲。少しゆったり気分で聞いています。そんな真夏の深夜の羽曳野詩人。

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